問題山積の日本。これを明日を信じることのできる国にするために、歴史・政治など様々な課題を考えるブログです
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日本政治は国民の信任を得ていない
2009-01-25-Sun  CATEGORY: 政治
 アメリカの新大統領が正式に就任をなった。ニュースは連日トップニュースとしてその様子を伝えている。
しかし、ニュースも日本の政治となるとなぜか批判的報道に様変わりする。いったい日本の政治になにが欠けているのか

1 好スタートを切ったオバマ政権

 オバマ新大統領の就任は当のアメリカだけでなく、ケニアにそしてブッシュが退いたことにイラクでも喜びがひろがった。日本の首相が変わったとしてもこれほど世界に影響は与えない、それが今の日本の首相の重みだろう。
 就任式の参加人数と豪華なゲストとしてスピーチに注目が集まった、そして翌日中東和平にむけイスラエルとの電話会談、批判のあったグアンタナモ収容所の閉鎖など懸案を次々こなしている。
 アメリカ大統領は就任100日にどれだけ成果をだせるかで評価されるという。支持率も68%を獲得[1]まずは好スタートを切ったといっていいだろう。
 懸念されるのはこの熱狂がいずれはさめること、特に経済の問題で回復が遅れれば批判でるだろう。大幅な赤字覚悟で財政出動するのだから、もしここで不正があれば一気に魔法はさめてしまう。
 しかし、ここまで人心をつかみ国をひとつにできる人材をだせる国、それがアメリカの底時からだろう

2 日本政治は国民の信任を得ていない

 これに対し日本の首相はどうにも評価が低い。麻生氏は人気こそ高かったがそれは端に彼のキャラクターによるもので、政策手腕ではなかった。NPO法人の評価では安倍氏・不人気だった福田氏よりも厳しい評価だ[2]。
 では仕事をさぼっているとか失態をしたかというとそうでもない。問題はやはり国民の支持を得ていないという点に尽きるだろう。選挙による審判を受けたのは安倍氏のみ、それも参議院選で敗北し結果退陣、それ以降国政レベルでの選挙はなく、福田氏は審判を経ずに就任し退陣した。麻生氏も早期の解散総選挙を期待されながら、今は今年の任期満了まで伸ばしそうな感じだ。

 ねじれ国会が問題だとはいえ、その原因は有権者の支持を自民党が取れなかったことが原因だ。経済対策の定額給付金問題も消費税の引き上げも有権者に公約として掲げ信を得たものではない。消費税問題も自民党に議論をまかせつつも、首相のリーダーシップをとったように見えるも文言は玉虫色。打ち出した経済対策も企業の資金繰り対策が中心、広く国民のこころに響くものだったかは不透明だ。
 国民が求めているのは無理をせず安心し仕事をして生活が成り立つこと、そして次の世代が希望を持つことだろう、子供が車や不審者に怯えて通学するような社会ではない[3]、確かに官邸での生活には必要なものもあろう。しかし銀座で買い物[4]を報道されることを気にかけない感覚よいのだろうか
 確かに景気対策は必要だ、しかし政府が思いきった政策ができるのも政府に権力があるからでなく、有権者が実行を付託したからである。100年に1度の危機ならなぜ、自民党内すらまとまらないのか? 政府内からも離反者がでるのか?
 失業問題が急務で工場の人員があまり、介護や医療、農業・林業そして伝統工芸に人材がなく採算もとれないというミスマッチがあるのに明確な対策がない。アメリカの景気が回復すれば自動車が売れて再び派遣を雇えるようになれば解決なのだろうか?

 アメリカにあって日本にないもの、それは政治が国民の手になく信任を得ていないこと。それが今の日本に一番欠けていることだろう


参考情報
[1] オバマ大統領支持率68%=就任後初調査、ブッシュ氏ら上回る−米
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090125-00000015-jij-int
[2] 「麻生政権100日」評価 結果公表
http://www.genron-npo.net/aso100days/003380.html
[3] 子どもを犠牲にする国/高山正之
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090121-00000002-voice-pol
[4] 麻生首相、週末は“銀ブラ”…高級店で日用品購入
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090124-00000050-yom-pol

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日本は原子爆弾をつくれるのか
2009-01-24-Sat  CATEGORY: 安全保障
 「日本は原子爆弾をつくれるのか」刺激的なことばをタイトルとした本が書店で平積みになっていた。もしこの言葉を政府関係者が発したなら大問題になっていただろう。今日は時事ネタでなくこの問題を本をてがかりに考えたい

1 原子爆弾の原理と構造

 参考情報にあげた本の著者は原子炉理論を修めた物理学者である。本では原子の構造から説き起こし、核分裂そして原子爆弾の構造と丁寧に説明している。原子爆弾の構造はネットでも検索すると情報を得ることはできるが、原爆の原理に的を絞り基礎から説明されることで、なぜ莫大なエネルギーがでるのか、そしてその製造のためにはなにが必要かが具体的に理解できる
 原爆には広島型(ウランを使い、ガンバレル方式)と長崎型(プルトニウムを使い、爆縮レンズ方式)がある。
広島型は高純度のウラン235を臨界量以上生成しそれを2つにわけ爆弾にセット、それを火薬で1つに合体させることで核分裂の連鎖反応を起こす方法である。長崎型はプルトニウム239を周囲の爆薬で中心に向かって圧縮し臨界状態を作り核分裂の連鎖を起こす方法である。
 この原理自体は戦前から知られていて、日本も戦争中、理化学研究所を中心に開発が進められた。なので原理自体は新しいものでなく、後は具体的な材料の製造と爆縮レンズのための緻密な設計と製造だけである
 ただ、核兵器という観点からは水爆や中性子爆弾、小型化を狙い核融合を利用する第三の原爆があるが、これらにはついては厳重な秘密保持のためか基本的原理以上の情報は知られてはいない。
 つまり、最先端の原爆をめざさないのあれば、日本の優秀な物理学者と物作りの技をもってすれば、簡単に原爆をつくれそうな気がしてくる、はたしてそれは本当なのか

2 日本が原子爆弾で行うべきこと

 世界初の原爆開発は予算と物資の調達の問題から日本での開発は成功しなかった。目指していたのはウランを使う原爆、しかし使えるウランが国内になく、ウラン245が天然には0.7%しかなく、これを90%の純度に濃縮するのは知恵というより物量の問題だった。日本の開発人員は30名・予算2000万、かたやアメリカは人員45万・予算20億ドルで安全な場所で大規模な開発を行い、3年で開発に成功する。
 では今、実際に原爆をつくるとなると長崎型つまりプルトニウムを使う原爆となる。今開発を懸念されるイランも北朝鮮もプルトニウム型である。理由は広島に投下したリトルボーイのような巨大な爆弾を爆撃機で投下では実用にならない。そしてプルトニウムは原子炉で作ることができ日本にはプルトニウムが44トンも保有している。原爆の開発に必要なのは以下の3点である

(1)兵器級のプルトニウムの製造
(2)爆縮レンズの開発と原爆の小型化
(3)原爆を敵地に投下する弾道ミサイル

(2)(3)は物作り日本にとって高いハードルではない、とすると問題は(1)となる。
 先に44tあるといったプルトニウムは原子炉級のプルトニウムであり原爆で使えるプルトニウム239以外の不純物が多数含まれ、そのまま核弾頭にしても未熟爆発といい完全な核分裂が起こる前に熱でプルトニウムが拡散し分裂が早期に終わってしまうという欠点がある。そのためイランも遠心分離装置を用いて兵器級のプルトニウムを作ろうとしている。北朝鮮の原子炉も黒鉛型で兵器級プルトニウムの製造に適したものである
 日本が原爆を作る以上、抑止力となる必要があり中国・インドが開発した20キロトンクラスの原爆でなければ意味がない。そのためには以下のことが必要だ
(1)十分な予算(3000億〜4000億)と人員、設備(ウラン濃縮装置、兵器級プルトニウム生産用原子炉、核燃料再処理工場)
(2)IAEAからの脱退
(3)アメリカの承認と強力(開発した原爆の試験の実施)

では、上記を満たした上で日本は何年で原爆開発を達成できるか?著者は最初の原爆製造まで3年、核武装まで5年とした。

3 まずは事実を知り、そして備えを考えよう
 
 核兵器は実戦で使う兵器でなく保持することで相手攻撃を抑止するためのものである。これまで見てきたように技術的には5年あれば核武装は可能だという。しかしそのためには日本が国家としてIAEAから脱退するリスクをとっても開発するという国民の支持と同盟国のアメリカの協力もしくは黙認が必要だ。つまりそこまでの決断をしなければならないほどの危機意識が日本国民になければ実現はしない。国民にも同盟国にも秘密に開発を進めるというのは戦前の研究を見ても不可能であるこは明白だろう。

 今の日本は昨年の田母神氏の論文問題や、元防衛大臣の「原爆投下は仕方なかった」発言など、原爆について語ること自体をタブー視する風潮が強い。憲法の前文にあるように日本人が「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚」しようと、他国との利害対立が生じないとの保障はどこにもない。今後食料や資源を巡り武力による争奪戦が世界を覆ったら日本はどうするのか。もしもの場合の選択肢として日本の核武装も検討に値すると思う。
 宗教的とも言える平和主義と現実の危機の対立から、国の進むべき道を見出すのは事実を踏まえた議論があってこそだろう。そのためにも本書のような事実は多くの人が知るべきだと私は思う。

参考情報
[1] 日本は原子爆弾をつくれるのか 山田克哉著 ISBN978-4-569-70644-3

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日本の戦争はどう裁かれたのか 東京裁判
2009-01-18-Sun  CATEGORY: 戦争
昨年11月田母神 前空幕長の論文の内容をめぐり空幕長を更迭されるという事件があった。これは明治〜昭和の日本の戦争について、日本人は冷静な目で事実を確認し議論できずにいることを示している。
 日本が悪い国だったということの根拠の多くは歴史的には東京裁判(極東国際軍事裁判)にはじまっている。これまで映画やテレビ番組でその概要は知っていたが改めて本を読みより詳しい内容を把握しようと考えた

1 東京裁判についてに私の認識

 私は高校は普通科だったので当然日本史と世界史の授業を受けている。しかし近代史特に日本の戦争について記憶にほとんど残っていない。高校の歴史の教師は教科書のなぞるだけでテストの点の低い生徒を馬鹿にする態度であったことや、近代史となると学期末で時間がなくなることもあり十分な授業を受けた記憶はない。私の世代(1963年生まれ高校3年は1980年)では特別、平和教育なるものも行われなかった
 ということで、戦争や東京裁判について知ったのは社会人になってからだ。その認識は(1)ドイツと日本で戦争責任に対する国際裁判が行われた(2)首相や大臣など国家指導者が裁かれ絞首刑となった人がいる(3)判決は多数意見と少数意見があり、特にインド判事の判決で無罪が主張された(4)東京市ヶ谷のA級戦犯だけでなくB・C級の戦犯も裁判が行われ有罪判決がでて刑も執行された
 とい言った内容で映画「東京裁判」とNHKの番組が情報元である

 では一般的にはどうかというと、2006年朝日新聞社が実施した世論調査では東京裁判について、「裁判があったことは知っているが内容は知らない」53%、「裁判があったことも知らない」17% で約70%は知らないという結果になった。

2 東京裁判の現実の姿
 
 今回東京裁判について読んだ本は2冊、参考情報[1][2]である。著者は私と同じ昭和30年代生まれで、比較文化・政治学のたちばから東京裁判を研究、公開された資料をもとに、従来の「文明の裁き」「勝者の裁き」の2つの極論でない議論を展開している。

 まず「東京裁判」[1]についてだが、裁判の開始から結審し、有罪となった戦犯たちがすべて釈放されるまでの、順番に追いながら資料をもとに裁判自体と裁判に関連したさまざまは反応を克明に示している。次に「東京裁判を正しく読む」[2]では対談の形式で裁判の経緯、パル判決について、そして歴史的な観点からの見方を詳しく論じている。
 今回のこの2冊を読み分かったことは良く議論される「文明の裁き」「勝者の裁き」の論が、分かりやすくあるが東京裁判の一面しか捉えていない議論であるかことがわかる。そして、歴史的に同様な形の裁判が再び行われることなく、裁判が11カ国の参加のもとの国際裁判という複雑な形態で前例のない裁判であったこともあり、簡単に評価し判断することができない複雑な問題をはらむ出来事だったことも理解できた

 一般に言われるA級戦犯・BC級戦犯という言葉一つとっても、本来はAがより重罪という意味はなくAは「平和に対する罪」Bは「戦争犯罪」Cは「人道に対する罪」の区分けに過ぎないものが、「平和に対する罪」が戦争の計画にかかわるため必然的に政府での地位あるひとになるということでしかなかったし、東京裁判の前に行われたニュルンベルグ裁判ではA級といった表現すらしていない。

「勝者の裁き」という視点でも裁判を公正に行おうとした組織上の工夫があったり、判事はそれぞれの国の指示でなく判事としての自己の信念に基づき行動しかつ判事間も一枚岩ではなく、良く知られているとうり少数意見が4つもあるなど、決して結論のきまった茶番劇でなかったことを示している。
 また、被告たちの間にも対立があり、弁護団も日本人とアメリカ人、日本人同士での対立もあったという。そもそも裁判自体を即決裁判にする意見や、裁判を仕切ろううとするアメリカと及び腰のイギリス、自国に関係のある被告をピンポイントで訴追しようとする各国もいざだれを起訴するかとなるとだれな分からないなど、通説で単純化されたのとはおよそ異なる裁判の実態が見えてくる

3 東京裁判から何を学ぶか

 戦争とは国家間に対立があり対話で解決しえず兵士や国民の生存をかけ行うものである。昭和の政府は国民の反対を押し切り戦争をはじめたのではなく、それこそ経済人から文化人まで国民あげての賛成のもと戦争をはじめた。そこにはさまざまな対立が解決しえないかたちで存在し閉塞感を克服したいという思いも強くあったにちがいない。
 また双方が生死をかけて戦う戦場で交戦法規が完全に守られることも、非戦闘員に死傷者をださないことも現代の精密誘導兵器をして実現しえていない。
 そんな複雑な問題をはたして法的な根拠を提示し裁判で裁くことが可能なのか、理想はともかく現実には困難なことであるのはまちがいない。
 東京裁判をどう考えるか、理想論をもとに「文明の裁き」を掲げ戦犯を断罪し軍を憎むことも、「平和に対する罪」という事後法を根拠に無罪を主張したり、判事の構成をもとに「勝者の裁き」として裁判を全否定してもなにも得られない。真実は永遠に解かれることなく両者の論の中間に歴史的な価値を持つものとして存在するが近いだろう。明治維新が60年経過した昭和の初めに歴史の問題となったように、昭和の戦争が60年を経過することでようやく冷静な議論の対象になりえる時がきたのかもしれない。
 今私たちが考えるべきは国際情勢が厳しくなるなか、今を再び次の混乱の始まりにしないことだろう。その意味でも東京裁判を冷静に見つめることは重要だと思う。


参考情報

[1] 東京裁判 日暮吉延著 講談社現代新書 ISBN978-4-06-287924-8
[2] 東京裁判を正しく読む 日暮吉延・牛村 圭著 藝春秋新書 ISBN978-4-16-660660-3

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自らの身を顧みず 田母神氏の著書を読む
2009-01-17-Sat  CATEGORY: 安全保障
このブログで複数回に渡り、論文の内容と発表後の経過について論じてきた田母神氏の言動だが、著作が出版されたので内容を確認することとした。先の論文について厳しい批判をした私であるが、著書を読んでいささか印象が変わることになった

1 著書の概略

 ここで、簡単に本の内容を紹介する。といっても目次と巻末付録の紹介にとどめる。その理由は内容の要約をだけではやはりどこか違った意図に受け取られかねないと思うからだ。この問題に関心がある方であれば、実際に読んでみてほしい

目次
 プロローグ
 第1章 歴史を捻じ曲げる政治の責任
 第2章 国会に参考人として招致されて
 第3章 「日本は悪くない」
 第4章 不磨の大典となった「村山談話」
 第5章 日本の防衛体制のお粗末さ
 第6章 精強な自衛隊をどうつくるか
 あとがき

 巻末付録 
  村山談話、河野談話
  日本は侵略国家であったのか(アパグループ懸賞論文 最優秀賞受賞)
  自衛隊退任にあたっての所感(2008年11月3日 退官記者会見)
  参議院外交防衛委員会での答弁(2008年11月11日)

 巻末に田母神氏が言及する「村山談話」「河野談話」の全文と、問題となった懸賞論文全文、記者会見と国会での答弁をすべて掲載し1章から6章までの内容を補足できるようになっている。
 この目次だけをみると、いかにも反動的に思える言葉がならんでいるが、内容は学術論文ほどの緻密さはないが安全保障について、考える人には常識的な内容だったとだけここでは言いたい。

2 疑問点についてわかったこと

 ここでは本の内容についての論表ではなく、かねてから疑問に思っていたいくつかの点について、本書から読み取れたことを確認したいと思う。

 (1)なぜ、論文について事前の届けがなかったのか

 今回の論文問題での報道では、田母神氏が論文を事前の届けなく応募したことが問題だった。この点について氏は本書のプロローグで「本論文は私の職務に関係することではないので事前届けはしていない」という。国会での質疑のなかで2008年5月の東大五月際で氏が講演するこなったケースでは発表原稿はつくらないものの事前に大臣にその旨を伝え「注意するように」との指導を受けている。
 ここから分かるのは氏は今回の懸賞論文の発表に際し、特別の意図があり事前報告をしなかったのではなく、何が「職務関係するか」の認識の相違と、氏が積極的に世間に発言していきたいという思いが、実感の勇み足になったというだ

 確かに論文の内容は歴史に関することで、氏の職務である現代の航空防衛に特にミサイル防衛に関することでない。しかし、歴史といっても戦国時代でも文化史でもなく、自らの所属する組織の前身たる帝国陸海軍の行動にかかわることだ。これを「職務に関係なし」は微妙ではないだろうか。

(2)なぜ、前空幕長を更迭となったのか

 田母神氏が更迭となった理由を「「日本はいい国だった」と言ったのだ。すると「日本がいい国だったとは何事だ、政府見解では悪い国なっているんだ」ということで航空幕僚長を解任されてしまった。」といい、本書でも政府見解たる「村山談話」を批判する。
 私はこの認識は正しくないと感じる。私は氏が官僚の立場を超え、政治の世界に口をだしてしまったが故に更迭されたと考える。
氏が批判して「村山談話」はまさに学術的な裏づけのあるも厳正な事実認定としての「侵略」ではなく、きわめて政治色のつよいときの首相による宣言で、現麻生内閣もそれを踏襲すると明言するものだ。それに対して官僚の立場から発言してしまったから問題となった。
 つまりこの問題はいかに氏の主張が歴史的に事実に基づいたものであるかどうかを論じても意味がないとも言える。そして田母神氏はあまりに純粋に政治的計算もなく、意見を事前届けなしにメディアに目立つ形で出してしまった
 それは、政府の異例の速さの対応と、懲戒手続きを使わず定年退職で決着し、国会答弁で田母神氏の発言を最小にしようとした意図からも確認できる。

(3)論文内容はどこが問題だったのか

 私は論文問題は報道された直後、論文の全文を読み、各章ごとの批判を展開した。しかし、今回の出版された本はまさに先の論文の不足部分を補う内容で、第3章〜6章までが該当する。
 先の受賞した論文の問題はまさに主張を優先するあまりこの根拠や意図まで手短にまとめたために生じた誤解だといえる。そして、氏が論文で用いる表現「わが国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である」も懸賞論文では根拠となる、当時の関係者や研究者の発言の明記がなく田母神氏の独善的な発言のように聞こえてしまう
 つまり、懸賞論文は微妙なテーマをたくさん詰め込みかつ、手短に通説への反証と結論だけを述べたため。問題を大げさに取り上げたいメディアや防衛や軍事にアレルギーのある人の拒絶反応を招いている。それが先の政治の世界への踏み込みとあいまって大問題になったのだろう

3 田母神氏の真意

 本書で田母神氏が主張したいことは
(1)今の自衛隊は多くの制約のため問題を抱えている
(2)自衛隊は日本の軍隊としてりっぱに機能するためには自衛隊への国民の理解と自らの国を誇りに思う教育が不可欠だ
(3)国への誇りを取り戻すため正しい歴史認識が欠かせない
(4)政治家と自衛官、自衛隊内の制服組と背広組みの、連携と相互理解が必要

といことである。いつまでも「軍は監視していないと暴走する」という性悪説にたっていては、自国のためにはいかなることも辞さない国際社会において自国を守るための実力組織になりえない。
 田母神氏の発言や行動は本人の意図を超えて、よけいな波紋を起こした点は褒められたものではないが、これを契機に日本の歴史・安全保障について考えるひとが増え、冷静で広範は意見がだされることにつながればと願わずにはいられない

参考情報
[1] 自らの身は顧みず 田母神俊雄著 ISBN978-4-89831-12-8

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対決姿勢で日本は不況克服できるのか
2009-01-16-Fri  CATEGORY: 未分類
日増しに厳しくなる日本の経済情勢。その震源地となったアメリカは新大統領のもと党派や人種を超えた対応をしようとしている。
しかし、日本から聞こえるのは「対決」だ。苦しいときだから助け合わなくてどうするのだろうか

1 金融危機はどこえ消えた

 ニュースで不景気・人員削減の話題を毎日のように聞く。しかし当初経済危機で言われたのはサブプライムローン等金融資産の信用の低下つまり金融関係の問題だったはずだ。いまでは金融機関の問題はまったく聞こえてこない。日本の銀行などは逆にチャンスとばかりアメリカの企業を買収しようとさえした。
 ということは現在の不景気の原因は銀行等が潤沢にばらまいたお金を懐にしまったがために、投資の儲けが消費にまわらず製造業特に自動車を直撃、広い裾野をもつ自動車産業の不振が製造業全般を低迷させた結果といえる。
 つまり、震源地である金融機関は儲けが減ったくらいで生きているが、そこに依存した製造業でぎりぎり生活したひとが貧乏くじを引かされたことだ
 投資や資産運用で人が一生かかっても使い切れにような儲けをさせるべきでなく、ほどほど以上の儲けは税として収めさせ、いざというときのセイフティーネットの整備にあてるべきだ。運がよければ大もうけしかし失敗すれば後がないより、そこそこ豊かで、失敗しても再挑戦できる社会のほうがうれしくないだろうか

2 財政出動と責任与党って

 麻生氏は今は解散より経済対策といい、大型の財政出動をしようとしている。しかし、目玉の定期額給付への期待と支持を失いつつあるのはニュースにあるとうりだ。しかし打ち出した政策は何かといえば困っているひとにとりあえずお金を貸しましょうだった。
つまり、新たに雇用を生むような産業政策でも、働き方にたいする価値観を変えるようなものはない。与党が補正予算、来年度予算を気にしているのは政府としてのお金の流れを良くすることだけで、経済界が販売不振を理由に行う人員削減にたいして政治はなにもなすすべがない。つまり、アメリカ相手の輸出のままの産業構造にしておいて、不景気は産業界でなんとかしなさいといっているのと同じである。
 また自民党は事ある語とに「責任政党として」と口にするが、自民党に責任能力があるから事を予算提出にかかわっているのでなく、議席が多いから与党になっているのであって、予算にかかわるのは政府の義務だからだ。野党が無責任だから予算提出しないわけではない、これこそ与党=自民党=予算を預かるもの=責任がある組織というのは驕り以外のなにものでもない

 もし仮にねじれがなく、スムーズに予算が成立したからといって、景気が良くなるかどうかは保障のかぎりでない

3 総選挙・政権交代でよくなるか

 野党にとって「政権交代」を果たすことは悲願である。野党では提案すれど実現できないからだ。
今の自民党は結束がなく内閣の支持率も低く危ない状態だ、それでも人身一新で過去のしがらみも消え、自民党より民意をつかんでいるなら多少なりよい効果も期待はできるが、政権奪取で結束する民主党が与党になれば日本が良くなるかというとそれも怪しい。
 なにせ定額給付金の分離以上の政策も見えず、昨年のようにガソリンの暫定税率廃止のような効果の見える政策も打ち出せていない。
結局は自民か民主かではなく、国民が結束してこの方向に進もうという思いにさせたほうが勝ちになるだろう

 冒頭にも言ったように、今必要なのは対立ではなく、国民全体がまとまって進める道を見出すことができるかではないだろうか
 
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