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好戦の共和国アメリカ
2008-11-02-Sun  CATEGORY: 政治
 何回か前「すべての問題はアメリカ発?」と題してブログを書いた。日本からアメリカを見るとき感じるのが、どうしてあそこまで戦争にこだわるのかという点だろう。その手がかりがほしくて本を読んだ。タイトルは「好戦の共和国アメリカ」著者は油井大三郎氏である。

1 好戦の共和国アメリカ

 本書は「アメリカはなぜ好戦的なのか、デモクラシーの先駆者を自負するのに・・」で始まる、これは9.11の事件とその後のアメリカを見て感じる素直な思いだ。著者は独立から現代に至るまでのアメリカの戦争の歴史をたどりながら、先の問いに「アメリカはデモクラシーの先駆者を自負するがゆえに好戦的なのだ」との結論を導いていく。話し合いで紛争を解決する民主主義と武力による解決の戦争は対極に思われるが、複雑で両義的な関係にあることがアメリカを見ることで理解できる。
 
 アメリカはイギリス・フランスの植民地として誕生し独立戦争に勝利して誕生した。独立戦争の時代、ヨーロッパに対しては軍同士の秩序ある「戦争自制」を原住民に対しては無差別の「無限定戦争」の2重基準をつかい、また正規軍よりも民兵の力を信じ、平時に強大な軍を持つことは忌避された
 その後の大陸内での開拓と、メキシコと戦争を経て大陸の西から東までに広がる国土を手にするが、士官学校の設立等、軍事の専門家必要性が認められると同時に平和運動もはじまる、民兵神話は薄くなる。しかし、奴隷制度を発端とする南北戦争は大量の戦死者を生む悲劇となると同時に大量の銃が供給され戦後も回収されずいまに続く銃社会を生み出すこととなった。
 その後国内は平和となるが、戦争の勢いは海外に向けられ、キューバ、ハワイ、フィリピンと戦争が続くが、これらの戦争は勝利したからといってそのままアメリカの領土となりえず、またなったとしても地域がわかれ「市民平等」ではありえず植民地主義的な傾向を強める結果となる
 そして、第一、第二次の世界大戦となるがここでアメリカは民主主義の理念を掲げ、ヨーロッパとアジアで戦い、第一次世界大戦後はウイルソン大統領の提唱した国際連盟のような理念の運動も起きた。アメリカにとっては第二次世界大戦は「よい戦争」の典型となり、世界の警察としての自覚がこのとき生まれることになる
 しかし、それを崩したのが初の敗戦となったベトナム戦争である。これは第二次大戦後の米ソの対立をイデオロギー対立と捕らえたことが災いし地域の独立戦争たるベトナムの紛争を見誤った。第二次大戦では敗戦国日本を占領し、戦犯裁判を行うなど世界の警察たらんと振舞ったが、自らが負けとなったベトナム戦争について、謝罪や賠償を行わず自らが「敗戦」の意味を深めることに失敗、その後の戦争に影を落とす結果となる
 そして冷戦終了と同時に起きた湾岸戦争、その後の国連の活動への参画と、9.11を契機する対テロ戦争への進んでいく、そのとき常に戦争を指揮する大統領が気にするのが戦争の「ベトナム化」だった。イラク戦争においては湾岸戦争の雪辱を晴らす思いと、ハイテク兵器、国務省と国防省の対立と、ベトナム化を恐れ早期撤退を急いだため、初期の戦闘には勝利したものの、かつての日本の占領のときの見事さの影もなく、結果として現在もつづくベトナム戦争以上の失敗となりつつある

 つまり、共和主義の伝統たる「戦争自制」と平和主義の理念はあるものの、「よき戦争」の記憶に囚われ世界の警察であろうとする意識と、自国の領土を攻撃されたときの理性を超えた愛国心、国民自らが銃をとり独立したとの思いが「正義のためには戦う」意識が州兵と志願兵で支えられた強大な軍隊を維持してきた。この歴史が「アメリカはデモクラシーの先駆者を自負するがゆえに好戦的なのだ」となった理由だろう

2 理想に燃える青年のアメリカと年金暮らしの日本

 アメリカの歴史を見てくると「神に祝福された国」という言葉を連想する。一国が世界の平和と民主主義のための警察としての自覚を持つにいたるというのは稀有なことだ。世界支配の野心とかでなく、人間の一生でたとえるなら若く健康な青年が民主主義の理想に燃え世界平和のために銃をとるイメージだ。何度かの戦争を経験し時には負け精神的につらい経験もしたが理想は捨てていない。
結果として世界各地に派兵し、現地の人々に死傷者を出し時に国を壊すことになっても理想の実現の途中と考えているふしがある。
 一部で批判されるように、帝国主義的な野心や、世界支配、産軍複合体による兵器の売り込みのためという理由では、民主主義体制下では戦争は遂行できない。
 それに比較すると日本は、明治時代、理想に目覚めた西欧の兄をみて憧れ、弟になろうとしたが夢破れ、アメリカに守ってもらい楽しい日々を送る子供でいることを選択したといえるだろう。

 夢みる青年はたくましいが、アメリカの掲げる民主主義は「国民民主制」という「国境」があり、ベトナム・アフガニスタン・イラクの人々の文化と歴史と犠牲にも無視しする傾向がある。また自国の「主権」を絶対視し自らが育てた「国連」さえも自らの意思が通らないときは分担金の支払いさえ拒否する
 アメリカはもうじき新しい大統領のもと新たな理想を掲げようとしている。それに対し日本は子供から老人にかわり若者の稼ぎで年金暮らしする身に変わり、政府も老人のための政策に熱心だ。老人は血気盛んな若者を諭すことができるかそれが日本の宿題だろう。

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