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田母神 前空幕長の「日本は侵略国家であったのか」を読む(1)
2008-11-03-Mon  CATEGORY: 安全保障
 前回は論文問題を論文の中身でなく、手続きや自衛隊の組織と背景となる近現代史を見直す人々のについて考えた。
今回は論文の中身について検討したい。なお原文を引用すると煩雑になるため原文は引用しない。また全体が章立てされていないので、段落順に論旨をまとめ検討する。

第1段落 日本の行為は条約に基づく合法なものだった
要旨:
日本は国際法上合法的、相互に条約を締結してから得て軍を配置した、圧力をかけての条約は無効だとの主張には、圧力を伴わない例は昔も今もない、したがって日本の行為が合法であり侵略でない。

検討:
条約の存在は事実だろう。日本が大陸に出て行った当時すでに国際的には不戦条約が締結されるなど、中世のように力による侵攻は不可能な時代だった。だからこそ国際ルールに沿った行動をしたし、中国大陸に勢力を広げる際も、日本は現地の軍閥を懐柔し親日政権を樹立させている。
 しかし「侵略」かどうかと合法であるかは関係ない。自らの意思に反して統治されると感じるかどうかであり、圧力をかけず現地民が自由な意思のもと受け入れたのでなければ「侵略された」との意識は生じるものだろう。それに論文は「圧力」は当然としているから主張には無理がある

第2段落 戦闘は国民党のテロ行為が原因
要旨:
 蒋介石の国民党はテロ行為を繰り返し、日本は辛抱強く平和を求めたが応じなかった。つまり戦闘は蒋介石が共産党と図って起こしたものであり、日本軍は被害者である

検討:
 当時の中国は清朝が崩壊し中華民国となってはいたが統一国家でなく、各地に軍閥が割拠する状態だった。日本はこの状態を利用し軍閥と手を結ぶことで権益を得る戦略だった(合法とはこのことをいう)。したがって勢力争いなのだから当然衝突がある。日本はその争いの当事者になろうとしたのだから、被害者というのは無理がある。

第3段落 他国も同じことをしたのだから日本だけ侵略といわれることはない
要旨:
 盧溝橋事件はコミンテルンが仕掛けたという説が有力だ、東京裁判で劉少奇も証言している。他国も同様のことをしたのに日本だけが侵略といわれる理由はない

検討:
 紛争が起きる現場なら当然のことである。お互いが有利になろうとさまざまな謀略がうずまく。しかし事件の真の原因が分かるのはすべてが終わってからだ。そもそも日本軍がなぜ中国大陸にいたのか?それを問うとき、中国側が挑発したからというのは言い訳にすぎない。他人も同じことをしたから侵略でないという論理は幼稚だ

第4段落 日本の統治時代 台湾・朝鮮半島・満州の人口は増え生活水準は向上した
要約:
 日本は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。これは他国と比較しても穏健な植民地統治だ満州は毎年100万以上も人口が増え農業国から15年で工業国家となった。朝鮮半島も35年で人口が2倍となり圧制から開放され豊かになった

検討:
 満州・朝鮮半島・台湾の発展は事実だろう。しかし見方を変えれば日本の領土に編入しようとしたのであり、論文でも「植民地統治」と当時の考えが現れている、つまり遅れた地域を日本が指導しているという態度である。朝鮮半島について言えば曲りなりにも長く続いた李氏朝鮮のもと軍をほとんどもたずに平和であった。しかし、20世紀初頭 から中国、ロシア、日本のとの間で政権は揺れ動き、朝鮮人自身での国家を存続できずに日本の保護下に入った。その過程で何度も反乱が起きたことはどう考えるのだろうか

第5段落 日本は現地にインフラと教育を行った
要旨:
 日本は道路・発電所・水道などのインフラを残し教育にも力を入れた。帝国大学では6番目がソウル、7番目が台湾で大阪や名古屋より優先。士官学校への中国人や韓国人の入学もみとめ、朝鮮出身者では中将に昇進した人物や軍功により金賜勲章をもらった人もいる

検討:
 これらの事例も事実だろう。確かにこれまの情報が被害に偏っていたことは認めたほうがよい。しかし、これらの国の近代化 の目的が日本と一体となり大東亜共栄圏を確立することにあり、そのための拠点を作るという狙いがなかったといったら嘘になるだろう

第6段落 李朝と日本の皇室は親密な関係にあった
要旨:
 李朝の最後の電化である李垠殿下は陸軍士官学校にはいり陸軍中将になったし、その妃は梨本宮方子妃殿下であり日本は李朝をつぶす意図はない。満州国皇帝の弟君溥傑殿下に嫁いだのは華族嵯峨家の嵯峨浩妃殿下である

検討:
 これは事実ではない。李垠殿下が生まれた年に李朝は大韓帝国に改称し、1910年には日韓併合により大韓帝国も消滅しているご結婚が1920年つまり日本統治下である。つまり李氏朝鮮を王国として復活させる意図はなく、朝鮮の人たちを統率するため王室の血を引くものを軍人として育てたというのが真実に近いだろう。また満州国は清朝最後の皇帝溥儀の権威のもと日本が建国した国であって、国の権威付けのための結婚はごく当たり前のことだろう。なにも日本が平和的だからではない

第7段落 日本は5属協和、人種差別に立ち向かった国である
要旨:
 イギリスはインドに教育は施さず、インド人を士官学校に入学させることもなく、王室をインドに嫁がせることもなかったこれはオランダ、フランス、アメリカも同じ。日本は第二次大戦前から、大和・朝鮮・漢・満州・蒙古の5属の協和と、人種差別を撤廃することに熱心で、現在の世界は日本の主張の通りになった

検討:
 これも事実ではない、後に非暴力運動を提唱しインド独立に尽力したマハトマ・ガンジーはイギリスに留学し弁護士となっている。またインドの陸軍士官学校は1932年にイギリスにより設立されている。確かに日本は五属協和を満州国で実戦したが、ほぼどうようの理念は中華民国が漢族、満州族、蒙古族、回およびチベット族の5種族共同による国づくりで提唱したものを、日本版にアレンジしたものだ。確かにその後のアジアは欧米からの独立を果たし困難をこえ経済的にも発展した。しかしそれは日本が夢見た五属協和でなくいまだ、アジアの国々は日本の振る舞が元で根深い不信が存在している。論文は当時の理想を語ったにすぎない。

残りの内容については次回にとする

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