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こうして“核”は持ち込まれた
2008-11-15-Sat  CATEGORY: 安全保障
非核三原則というのをご存知の方も多いと思います。被爆国である日本が核兵器について「持たず、作らず、持ち込ませず」を守るというものです。しかし、実際には3つ目の「持ち込ませず」というのは有名無実だったという。
 NHKが11月9日に放送した「こうして“核”は持ち込まれた」という番組が公開された資料と関係者への取材を元に明らかにした。

1 番組の概要

 2006年一隻の空母が漁礁になるため沈められた。空母の名前はオリスカニ。第二次大戦後初めて建造された空母で、1950年から1976年までアメリカの第七艦隊の中心として活動した。番組はアメリカの公文書館にこの空母に関する資料を調べ、資料とフィルム資料からその活動を調査、当時の関係者に取材した。
 オリスカニが建造されたのは朝鮮戦争があった年、日本の横須賀を拠点に活動、航海記録によると「特殊兵器」を搭載しいたとの記録が見つかる、当時を知る元米海軍中将のジェラルド・ミラー氏に確認するとそれは核兵器だという。
 この空母の船内には核兵器を組み立てる特別な部屋があり、特別な訓練を受けた核部隊(W DIV)が命令を最新型のマーク5を組み立て、最後に士官がバードケージという容器から核物質を取り出し装てん、核兵器専用の戦闘機AJに搭載し北朝鮮への攻撃ができる体制ととっていたという
 1953年アイゼンハウアー大統領は核兵器の空母への搭載を許可、マーク5と核部隊が乗船したオリスカニはアメリカから横須賀に入港、つまり核兵器がひそかに日本に持ち込まれていたという
 その後ソ連の核兵器保有、アメリカのビキニでの水爆実験で日本の漁船が被爆、核反対の運動が日本で広がり、1955年時の鳩山首相は非核三原則を打ち出す。しかし1960年の日米安保を締結、日本は事実上アメリカの核の傘の下に入り、その抑止力の恩恵を得ることとなる。そしてアメリカの核開発は進み格段に小型化し、もはや通常兵器と変わりなく配備され、日本に来るとき核兵器を途中で降ろすことなく持ち込まれた。それらの核兵器はベトナム、中国、ソビエトに対する核攻撃を目的だったという。
 アメリカと行動を共にしていた自衛隊は当然それは知っていたが、アメリカがないといえばそれ以上の詮索はしないという態度だったという

2 今後の日本にとっての核兵器の意味を問う

 番組の意図は「核兵器の日本」持込の事実をセンセーショナルに伝えたいということだろう。反核平和を信じ活動するひとには許せない内容であるに違いない。
 しかし私には、細かな事実は初めての内容だったが、特別に驚くようなことではなかった。そう普通に考えれば日本に寄航する空母や巡洋艦等々がわざわざ配備している核兵器をどこかに置いて日本にくるなどとは考えにくいからだ。
でも、公式にはあるともないとも明言せず詮索もしない、いわば暗黙の了解、大人のルールが防衛の現場でも国会でも使われたということだ。NHKが調査して分かることなのだから何も最高機密でもないようだ

 市民感覚では広島であれだけ大きな犠牲を出した存在を日本への持込は許せないだろう、いまだ原子力と聞くと、空母の推進力に使われようと反対運動が起こることでもわかる。もちろん世界から核兵器を完全になくすことができるならいいにきまっている。
しかし、なぜこれほどまでに核兵器と原子力だけが特別視されるのだろうか。核兵器の特徴をまとめると下記のようになる

 ・1発の爆弾で他のどの兵器よりも強大な破壊力を持つ
 ・爆発後も放射能が残留し長期にわたる被害を及ぼす
 ・核爆弾の製造と原子力発電の技術には密接な関係がある

 しかし、これらの特徴とて、大量殺戮という点では東京大空襲の焼夷弾でも同じだし、環境汚染という点では生物化学兵器も同じだ。
また、火薬や化学プラントも原子力発電も、建設や日常品、エネルギー供給として恩恵にあずかり、通常兵器と変わりない。
 つまり、核兵器を特別なものにしているのはその威力や技術でなく、歴史的・政治的な意味と事実上「実戦で使えない兵器」である点だけである、核兵器の存在意味は「抑止力」=「相手を本気になったら、こちらは全滅してしまうかもしれないという恐怖」しかない。
 反核運動が核兵器だけでなく原子力発電も反対対象にしたのは一貫性がある、しかし、それとて限りなく通常技術と変わりなくなっていく今において、歴史性と抑止力の2点を除けば、反対理由は薄まっていくだろう。そして最大の矛盾は核廃絶にもっとも熱心な日本がアメリカの核抑止力の恩恵をもっとも享受していることだ
 
 アメリカと日本は直接戦闘を敵味方として戦い、双方多大な犠牲者を出した。つまり日本とアメリカはもう2度と相手を敵にしたくない相手だと思ったのだ。戦争の勝敗はアメリカの勝利で終わり、アメリカは二度と日本がはむかえないように軍を解体し、憲法9条を制定させ、絶対的な力である核兵器の傘にしたに日本を置いた。それは他国から攻撃されないという抑止力であると同時に日本の自衛隊に対する抑止力としても機能した。
 冷戦が始まると、アメリカは日本を西側とするため、旧ソ連や韓国の間での国境問題を敢えてあいまいなままとし、ソ連との緊張関係を残し、アメリカが日本に駐留する理由とした可能性がある、それは先の番組でもアメリカの関係者が証言するとおり、日本海をまるで弓のように取り囲む日本列島をソ連に対する盾とするためでもあった。
 非核三原則と反核運動は日本を核兵器を背景とした独自に国家戦略を持たない国にし、安全保障でアメリカに従属させるため、アメリカにとっては厄介であっても望ましいこと、日本人が軍を嫌い、被害者意識から反戦に傾き、公式の軍を持たず、安全保障でアメリカにたよることも望ましかったといえる

 しかしその代償として日本を自らに次ぐ経済大国にしてしまい、1950年台のような世界に圧倒的優位を失ったアメリカは、再び力をつけたロシア、成長する中国と世界の警察の地位をめぐり争う必要が生じてきた。また食料と資源をめぐり常任理事国間の緊張が高まることも懸念され核兵器の持つ意味も変わるかもしれない。日本は過去の歴史に囚われず核兵器の存在について考えるべきときがきているのだろう

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