今もアメリカ軍の駐留が続くイラク、新大統領の元今後の行方が気になるところだが、今から4年前、イラクの刑務所をめぐりある事実が公開され、全世界の批判を招いた。事件の舞台はイラクのアブグレイブ刑務所、そこでアメリカの憲兵による囚人への虐待が行われた。証拠の写真が公開され、アメリカのイラク政策が批判され、関係者の処罰と軍の最高責任者ラムズフェルド長官も公聴会で証言することなった。
「「微笑と虐待」証言アブグレイブ刑務所事件」はその関係者の証言をまとめた番組だ。これまでこの問題について上層部の問題を取り上げた番組はあったが当事者の証言は初めてのことである。
この番組を取り上げるのは、戦争における現実についての知ることになるのと、第二次大戦後BC級戦犯として処罰を受けた日本兵の置かれた立場を理解するのではと思ったからだ
1.「微笑と虐待」
番組は問題を告発した第372憲兵中隊 ジョセフ・ダービー元兵長の証言から始まった。彼は虐待をやめさせることができると兵士としての誇りから匿名での告発を判断した。その結果当初の目的は達したが、彼と彼の親族は故郷を追われ、今も身を隠すことを余儀なくされているという。
問題の発端は2003年7月22日のモスル掃討作戦だった。いまだフセイン大統領も大量破壊兵器も見つからないアメリカはこの作戦で重要な情報を得ようと情報を持つものを「治安上の拘束者」として捕まえアブグレイブ刑務所に送った。そして憲兵隊が異例の看守の任につく、そのため隊員の多くは何をしたらいいのか分からなかったというがジュネーブ条約に沿ったものだった。
しかし、キューバのグアンタナモ刑務所所長 ジェフリー・ミラー少将がアブグレイブを視察してからだった、少将は囚人を敵性戦闘員として使える情報を得られるようより強力な手段を使うことを尋問間に指示、アブグレイブをイラク全土の尋問センターにすることを目指した。そして増え続ける拘束者を処理するため、民間軍事会社(CACIインターナショナル)から尋問間と通訳が投入された。
そして、ミラー少将の提言を受け、イラク駐留軍アメリカ最高司令官リカルド・サンチェス中将は憲兵隊の指揮権を第800憲兵旅団司令官 ジャニス・カーピンスキー准将から諜報旅団に移し、憲兵大隊と民間軍事会社2系統の命令を受け混乱することになる。
そのなかで第372憲兵中隊 チャールズ・グレーナー伍長とリンディ・イングランド元上等兵他が民間軍事会社の指示のもと、拘束者への虐待行為をエスカレートしていく。
問題は彼らがその様子を写真で記録していたことだった。それが仲間のジョセフ・ダービー元兵長により告発され、軍法会議より先に公となり、大統領は「有罪だ、ハメをはずした腐ったリンゴだ」と発言、軍の犯罪捜査で組織的な問題が報告されたにもかかわらず、軍事法廷では写真に写り、撮影に関与した7名のみが有罪、告発したダービー元兵長はラムズフェルド長官の発言のために身の危険が及び除隊そして故郷を離れることになった
第800憲兵旅団司令官 ジャニス・カーピンスキー准将は彼らの上官として責任を感じると言い、さらに、組織の問題は問われることなく、逆に政府と軍上層が2年かけて準備した「新しいジュネーブ条約の解釈」が写真により暴露されたことを怒り、写真に関与したものを排除したのだと 証言した。
問題の写真で拘束者を前に微笑んでいた女性兵士、リンディ・イングランド元上等兵は「なぜ微笑んだのか」と問われ、写真を撮るまでにはこのような行為が日常化していたことと、恋人でもある上官のチャールズ・グレーナー伍長の望みをかなえることをしか頭になくイラク人のことは考えなかったという、つまり微笑みは虐待への快感でなく、仲間に対する思いからだったと証言した
2.テロで理性を失ったアメリカ
イラク戦争後のイラク統治は誤算の連続だった。問題の核心はイラク側でなくアメリカ国内、国務省と国防省の対立とイラクへの理解の不足だった。国防省のラムズフェルドは国務省のパウエルとイラク専門家を排除しイラク戦争を進めた。初期の戦闘は計画通り、しかし、イラクの実情を無視したその後の統治は破綻、アメリカはテロ憎しの感情から情報を得るために手段を選ばなくなる。その原点がキューバのグアンタナモ刑務所だ。ここはアメリカ国内になく国内法規の外にあることを利用し捕虜の扱いを定めた条約を超える拷問方法を組織的に編み出していった。確たる証拠もなく拘束されたイラク人がその拷問により死亡する事件も起きている。そしてその手法をイラクに持ち込んだ。その完成は一枚の写真により消えたというわけである。
アメリカは第二次世界大戦後の軍事法廷で捕虜収容所にかかわった日本軍人をBC級戦犯として処刑した。アメリカは63年前から正しい捕虜の扱いを知っていたし、今回も当初は丁寧にな扱いをしていた。しかしそれは組織的に破られていく。そんな国が現在のアメリカなのである。
3 正義のためでも、してはならないことはある
この番組から感じることは、人間は個人ではできないことも組織となるといとも簡単に残忍になれるということ、そして虐待することで本当に相手から情報をとることができるのか?という疑問だ。
拷問というと私にはポルポト政権下のカンボジアとチベットでの中国の行動が思い出させる。いずれのケースも個々の個人は生真面目な人たちが、組織の命に従い日常的に残忍な行為をこなしていく。上層部は方針を示し、部下は個人の意思を捨て命令に従うときに残忍になれるのが人間だ。今回の例も意図的に訓練を受けていない憲兵が暴走するように組織的にしけたような感じし、問題が起きても個人の暴走として処理することが既定だったのではと思わせるより巧妙に感じる
それにしても、拷問により情報を得ることが本当にできるのだろうか?番組でカーピンスキー准将が捕虜となった場合、捉えた側も捉えられた側も条約を意識し、ゴールが見えることで協力的になると話していたが、尋問官たちが拘束者が情報をもっていいないと判断したことも正確だろう、なにせ手当たりしだいにイラク人を拘束していたのだから数打てばあたる式だったのは間違いない。
この根底には本土をテロ攻撃されたという怒りと、正規軍でない相手を敵としたことから生じている。極端にいうとすべてのイラク人が疑わしいと思っていることが問題であり統治がうまくいかない原因ともつながっている。
映画やTVドラマでも勧善懲悪の物語に人気があるが、正義の見方がいかに正論をいい弱者を助けようが、最終的に敵に勝る力を持って事を解決している、そうなれば正義の味方の考えひとつでだれもが悪人とみなされうるということでもある。アメリカがジュネーブ条約を自身に都合いいように解釈したのはその表れだ。
人はどんなに貴重な経験をしても時がたち世代が変わると忘れてしまう。一度手にした高い倫理観は努力なしには簡単に崩れ去る。民主主義は多数意見の集約だが集団が常に冷静に正しい答えを出す保障はない、ゆえにしてはならないことは時の感情に流されない規範として法とし集団の暴走を歯止めする。
21世紀の始まりはテロによるアメリカの暴走で始まった。そして日本も国を愛するの名の元、大東亜共栄圏の亡霊が蘇ろうとしている。正義の実現といえど、目的のためには手段を選らばずはありえないと、もう一度思い出すべきなのだろう

「「微笑と虐待」証言アブグレイブ刑務所事件」はその関係者の証言をまとめた番組だ。これまでこの問題について上層部の問題を取り上げた番組はあったが当事者の証言は初めてのことである。
この番組を取り上げるのは、戦争における現実についての知ることになるのと、第二次大戦後BC級戦犯として処罰を受けた日本兵の置かれた立場を理解するのではと思ったからだ
1.「微笑と虐待」
番組は問題を告発した第372憲兵中隊 ジョセフ・ダービー元兵長の証言から始まった。彼は虐待をやめさせることができると兵士としての誇りから匿名での告発を判断した。その結果当初の目的は達したが、彼と彼の親族は故郷を追われ、今も身を隠すことを余儀なくされているという。
問題の発端は2003年7月22日のモスル掃討作戦だった。いまだフセイン大統領も大量破壊兵器も見つからないアメリカはこの作戦で重要な情報を得ようと情報を持つものを「治安上の拘束者」として捕まえアブグレイブ刑務所に送った。そして憲兵隊が異例の看守の任につく、そのため隊員の多くは何をしたらいいのか分からなかったというがジュネーブ条約に沿ったものだった。
しかし、キューバのグアンタナモ刑務所所長 ジェフリー・ミラー少将がアブグレイブを視察してからだった、少将は囚人を敵性戦闘員として使える情報を得られるようより強力な手段を使うことを尋問間に指示、アブグレイブをイラク全土の尋問センターにすることを目指した。そして増え続ける拘束者を処理するため、民間軍事会社(CACIインターナショナル)から尋問間と通訳が投入された。
そして、ミラー少将の提言を受け、イラク駐留軍アメリカ最高司令官リカルド・サンチェス中将は憲兵隊の指揮権を第800憲兵旅団司令官 ジャニス・カーピンスキー准将から諜報旅団に移し、憲兵大隊と民間軍事会社2系統の命令を受け混乱することになる。
そのなかで第372憲兵中隊 チャールズ・グレーナー伍長とリンディ・イングランド元上等兵他が民間軍事会社の指示のもと、拘束者への虐待行為をエスカレートしていく。
問題は彼らがその様子を写真で記録していたことだった。それが仲間のジョセフ・ダービー元兵長により告発され、軍法会議より先に公となり、大統領は「有罪だ、ハメをはずした腐ったリンゴだ」と発言、軍の犯罪捜査で組織的な問題が報告されたにもかかわらず、軍事法廷では写真に写り、撮影に関与した7名のみが有罪、告発したダービー元兵長はラムズフェルド長官の発言のために身の危険が及び除隊そして故郷を離れることになった
第800憲兵旅団司令官 ジャニス・カーピンスキー准将は彼らの上官として責任を感じると言い、さらに、組織の問題は問われることなく、逆に政府と軍上層が2年かけて準備した「新しいジュネーブ条約の解釈」が写真により暴露されたことを怒り、写真に関与したものを排除したのだと 証言した。
問題の写真で拘束者を前に微笑んでいた女性兵士、リンディ・イングランド元上等兵は「なぜ微笑んだのか」と問われ、写真を撮るまでにはこのような行為が日常化していたことと、恋人でもある上官のチャールズ・グレーナー伍長の望みをかなえることをしか頭になくイラク人のことは考えなかったという、つまり微笑みは虐待への快感でなく、仲間に対する思いからだったと証言した
2.テロで理性を失ったアメリカ
イラク戦争後のイラク統治は誤算の連続だった。問題の核心はイラク側でなくアメリカ国内、国務省と国防省の対立とイラクへの理解の不足だった。国防省のラムズフェルドは国務省のパウエルとイラク専門家を排除しイラク戦争を進めた。初期の戦闘は計画通り、しかし、イラクの実情を無視したその後の統治は破綻、アメリカはテロ憎しの感情から情報を得るために手段を選ばなくなる。その原点がキューバのグアンタナモ刑務所だ。ここはアメリカ国内になく国内法規の外にあることを利用し捕虜の扱いを定めた条約を超える拷問方法を組織的に編み出していった。確たる証拠もなく拘束されたイラク人がその拷問により死亡する事件も起きている。そしてその手法をイラクに持ち込んだ。その完成は一枚の写真により消えたというわけである。
アメリカは第二次世界大戦後の軍事法廷で捕虜収容所にかかわった日本軍人をBC級戦犯として処刑した。アメリカは63年前から正しい捕虜の扱いを知っていたし、今回も当初は丁寧にな扱いをしていた。しかしそれは組織的に破られていく。そんな国が現在のアメリカなのである。
3 正義のためでも、してはならないことはある
この番組から感じることは、人間は個人ではできないことも組織となるといとも簡単に残忍になれるということ、そして虐待することで本当に相手から情報をとることができるのか?という疑問だ。
拷問というと私にはポルポト政権下のカンボジアとチベットでの中国の行動が思い出させる。いずれのケースも個々の個人は生真面目な人たちが、組織の命に従い日常的に残忍な行為をこなしていく。上層部は方針を示し、部下は個人の意思を捨て命令に従うときに残忍になれるのが人間だ。今回の例も意図的に訓練を受けていない憲兵が暴走するように組織的にしけたような感じし、問題が起きても個人の暴走として処理することが既定だったのではと思わせるより巧妙に感じる
それにしても、拷問により情報を得ることが本当にできるのだろうか?番組でカーピンスキー准将が捕虜となった場合、捉えた側も捉えられた側も条約を意識し、ゴールが見えることで協力的になると話していたが、尋問官たちが拘束者が情報をもっていいないと判断したことも正確だろう、なにせ手当たりしだいにイラク人を拘束していたのだから数打てばあたる式だったのは間違いない。
この根底には本土をテロ攻撃されたという怒りと、正規軍でない相手を敵としたことから生じている。極端にいうとすべてのイラク人が疑わしいと思っていることが問題であり統治がうまくいかない原因ともつながっている。
映画やTVドラマでも勧善懲悪の物語に人気があるが、正義の見方がいかに正論をいい弱者を助けようが、最終的に敵に勝る力を持って事を解決している、そうなれば正義の味方の考えひとつでだれもが悪人とみなされうるということでもある。アメリカがジュネーブ条約を自身に都合いいように解釈したのはその表れだ。
人はどんなに貴重な経験をしても時がたち世代が変わると忘れてしまう。一度手にした高い倫理観は努力なしには簡単に崩れ去る。民主主義は多数意見の集約だが集団が常に冷静に正しい答えを出す保障はない、ゆえにしてはならないことは時の感情に流されない規範として法とし集団の暴走を歯止めする。
21世紀の始まりはテロによるアメリカの暴走で始まった。そして日本も国を愛するの名の元、大東亜共栄圏の亡霊が蘇ろうとしている。正義の実現といえど、目的のためには手段を選らばずはありえないと、もう一度思い出すべきなのだろう
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