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元厚生次官宅連続襲撃事件 報道に思うこと
2008-11-25-Tue  CATEGORY: 社会
 2008年11月18日に発生した元厚生次官宅の連続襲撃事件、ニュース報道はこの事件の報道一色となった。そして22日犯人が警察に出頭することで解決を見た。残すは犯人であることの裏づけと動機の解明に移る。この事件もそうだが、最近犯罪をめぐるニュース報道を見るとある種の違和感のような感覚を感じてならない。今日はそのことをどうしても話したいと思う

1 勧善懲悪のドラマ仕立ての報道

 今ニュースで報道される事件事故は、目的や理由が明確な事件ではない。金銭上のトラブルや男女問題などだれが聞いても、事件の原因や犯行の理由が分かるものは報道されない。報道されても番組終了間際の短いもので概要のみを伝えるだけだ。
 今回の事件も同日に2箇所で同じ手口で、同じ厚生省関係者ということで、被害者のプロフィールを中心に報道を続けた。そして被害者がいずれも年金改革に携わったことから、犯人の動機として年金にかかわるものと明言はしないものの、まるで探偵きどりで、犯罪の専門家の意見も交えて報道した。しかし、事実は予想を裏切った。

 犯人の出頭と動機を聞いたニュースキャスターは「理解不能」と発言し「再発防止を求める」コメントをだした。そしていつものように犯人に対しあからさまな怒りをあらわにする。まあ、ここまでは良識のあるもという立場を強調したいのだから分からなくもない。
 私が最近特に気になるのは、犯罪被害者の人たちをとにかく完全な善人にしたてること、特に被害者が子供だった場合はことさらに強くなる。被害者について伝える内容に誤りはないだろう、しかし、被害者が善人であったことと、被害者になることにはなんの因果関係もない、というか先にも述べたように犯人との関係がある事件が基本的に報道しない。
 被害者がいかに良い人だったかを語るということは、裏返せば犯人がいかに悪人で非常識かを強調することでもある。少し前にビデオ鑑賞ルームで放火した事件や、秋葉原の歩行者天国での事件など、犯人が「だれでもよかった」と話すたびに、メディアは怒りをあらわにする。
 今回の事件も動機は「犬や猫を保健所が毎年5万匹も殺している」という犯人に対してニュースのテロップは「そんな理由で・・」と見出しをつけている。もし犯人が「親を介護していたが、年金記録も不明確で支給額も少なく、生活保護も打ち切られ」と説明していたら多少なり同情していただろう、多くの人が潜在的に年金についてあれだけのずさんなことをしたのだかという気持ちを持っている。しかし、今回のケースでは保険所の対応への不満と厚生省の事務次官との関連がないとその不当ばかりが強調されている。
 今後も犯人の個人の生い立ちや性格など犯人がいかにゆがんだ人間であるかをメディア特に週刊誌が追及していくだろう。それはまるで普通に生きていればそんな人間になるはずはないと、高い視点から犯罪にいたる人たちを見下ろしているかのように感じてならない。

2 犯罪を裁く権利が報道にはあるのだろうか

 もちろんどんな理由があったとしても犯罪を犯すのは許されることではない。奪われた被害者の命はもどらない。被害者からすれば犯人は刑を終えても命が法により奪われることはなく、最悪のケースでは再犯にいたるのは許せないだろう。
 しかし、人間は完璧な存在ではない、孤独で努力しても過酷な生活を余儀なくされれば気持ちもすさむ。人に評価されず愛情を捨てられた動物に向けるも報われず多くの命を救えない現実を前にすれば社会の矛盾も感じるだろう。一方、人間関係に恵まれ、家庭をもち仕事でも評価をうけ事務次官を勤め、退官後夫婦の幸せを手にする人もいる。孤独に耐えているひとからすれば役人たち暮らしは裕福に見えただろう、もちろん役人の暮らしも、資産を持ち巨額の資金を投資できる人たちから見ればささやかな幸せにすぎない。
格差だけを取り上げれば日本よりも中国やアメリカなどより差の多きな国はいくらでもある。問題は格差が固定化し努力すれど幸せをつかむチャンスが得られないこと、そして他人の不幸をその人の性格に原因をもとめ自分と切り離す風潮、弱者を救う宗教のような心のよりどころが存在しないことが、問題の根にあるように感じる

 報道が成功者の倫理感で勧善懲悪のドラマを繰り返すことがよいことなのだろうか? キャスターがいう「再発防止」とは何を意図するのか私には弱者の救済でなく、言動不信な人の監視と取り締まり強化ように思えてならない。報道やジャーナリズムに人を裁く権利などあるはずはない。私が感る報道への違和感はこの点なのである

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