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田母神前空幕長の独占手記を読む
2008-12-01-Mon  CATEGORY: 安全保障
 いま書店に大量に置かれている2009年1月号WiLLに掲載された「田母神前空幕長の独占手記」を読んだ。
結論から先に述べればきわめて常識的な見解だとの感想をもった。今回は彼の主張の真意を手記から読み解く

1 第一章 解任、そして国会へ

 冒頭、今回の解任劇を受け今も現役で残る隊員たちへの謝罪の意を表明している。それは自身が師団令を勤めた部隊への政府の監査が行われることに対してでる。国を思いそれを担う隊員つまり自分の組織を大切に思う気持ちはこの手記の全体を貫いている。
 続いて退任の記者会見を受けるまでを詳細に述べているが、その扱いがいかに異例であったがここからわかる。
解任の原因となった論文については「自衛官生活を継続したいのなら、日本はろくでなし国家だといい続けなければならないようだ。この国は一体どうなっているのか」と怒りをあらわにする。
 太平洋戦争については1951年のマッカーサーの米国上院での「日本は安全保障のため戦った」との証言を紹介し、戦後の「日本は侵略国」との認識が日本の安全保障の確立を困難にしていると指摘する。また自身が中国の軍幹部との歴史討論と国会での証言を語り、新聞やテレビでの扱い、と国会議員の行動を言論封じだとした。

2 第二章 日本を断罪する歴史観

 戦後の日本がなぜ自身を断罪する歴史感を受け入れたのか?それは戦後の教育に原因があり、その背景にはウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(“War Guilt Information Program”、略称“WGIP”)とその中の公職追放があるという。つまり公職追放により消えた人材の代わりに入った人たちに左翼思想をもった人がいた。彼らにより日本の伝統的価値観が否定された。
 戦犯となった人たちに対しても当時の国民は気の毒だということで芸能界から毎日交代で慰問に行っていたという。戦犯の拘束は講和条約の締結で終了するはずが日本政府は拘束をつづけると続けた。これはアムネスティ条項に違反するという。つまり、政府はアメリカの意向を受け意図的に戦前の日本を断罪する歴史感を押し付けたというのである

3 第三章 憲法と核について

 自衛隊は武士道精神を息づいたすばらしい組織だがその基礎は愛国心だ、しかし「侵略国家」の呪縛が本来任務の完遂できなくしているという。つまり、政治の指示なしには何も検討できないという縛りがあり、軍が予想される各種の事態にたいし十分な準備と政治の選択肢の提供ができなくなっているという。
 今の日本が日本についていくらでも悪くいうことができるが、親日的は発言特に自衛隊と歴史認識についての発言の自由が制約されていて、今回の件もその典型だという。そのため共に戦うアメリカや他の軍隊への支援ができないなど、優秀だが異質な軍隊になっているという
 また核兵器についても日本が核廃絶を宣言し、武器輸出禁止の原則を掲げることで、非効率かつ日本の安全に寄与しない。もっと自由に核について議論できることが望ましいいう

4 第四章 最後に
 
 自衛官は危険を省みずわが国の平和を守る使命を完遂しなくてはならない、それが「この国が悪い」ではあっては使命完遂の気持ちが消える。アメリカでは歴史に認識について政権が変われば変化する、日本の「村山談話」のようなものはない。政治家が外国への配慮から過去を否定し謝罪を繰り返す国は他にない。国を愛することを禁じる歴史観がまかり通る国は滅びる、述べ自分のことで自衛隊に迷惑がかかることは断腸の思いだとし 手記を締めくくっている

5 手記を読んで感じること

 先に問題となった論文に比較すると本人の素直な気持ちがでて、特に国を愛し守る使命を担うものとして気構えは賞賛に値する。
個々の主張も確かに戦争を憎み平和を求める立場の人からすれば過激に思えるが、現実の防衛を考える人にとっては平均的は考えだといえる。
 確かに戦後の権利優先、戦争は悪、軍事を語ること=危険の風潮は 多くの問題を生んできたのは事実である。特に戦争については被害者の視点、それは中国・韓国だけでなく沖縄や本土内においても強調される傾向がつよい。優秀だが異質な軍隊というのも湾岸戦争への議論以降広く知られるところとなった。原因・理由がともかく国を守る自衛官の士気が下がり多くの制約のもと本務を果たせないのが事実なら由々しきことである。また、防衛庁から防衛省に昇格し国の安全保障を立案が求められるなか、想定される事態への研究と準備ができていないことも問題だ。ここまでの議論と主張について異を唱えべきことはない。

 田母神の行動で批判されるべきは、彼が真に問題の解決を望むのならなぜ大臣なりに正面から主張をするなど正規の手順をとらなかったのか、空幕長の立場のままいわばマスコミ経由で問題提起をしたのかという点だ。もしそれが常態化しているのなら問題を受け止めていない政府も責任を問われるべきである
 そして更迭の理由が「日本を悪い国といわなかった」からだとの認識に誤りがある、更迭されたのは上記のようなルールを逸脱したからだ。そして「日本は侵略国でない」というとき、その結果生じたことのすべてを善であったかのような誤解を招いてはいけないということだ、先の論文は日本の侵略国とする見方に反論するあまり一方の主張のみに偏った点が誤解を招いたと思われる。

 さらに、確かに戦前のあり方をすべて悪というのは正しくないが、アジアのためにという動機が正しければ正しいとも言えない。また多くの戦史研究家が解明しているとうり勝算を無視し戦士の命を軽視した作戦が多く指示され、少なくない一般市民が犠牲になったのも事実だ。軍人は思想家ではなく田母神氏が言う通り政治に対し具体的で実行可能な選択しを示す実務家である。しかし戦前の軍人は自らの理想を手にしている実力で実行し、逆に政治に選択を迫ったことが問題だった。
 国を愛することはいい、この国の伝統を大切にし先人の努力を称えるのもいい、しかし理想化した愛では困る、理想や動機はどうあれ多くの人々の命を奪い国土を荒廃させる結果を戦争はもたらした事実は変わらない。歴史に学ぶとは良きは受け継ぎ、失敗は繰り返さないということだ。
 近代の戦争はどの戦争もその国にとっては正義の戦いだった。その意味で悪意のある「侵略戦争」は存在しない。しかし一方の正義は他方の悪となる、掲げる正義が大きければ大きいほど、正義と正義がぶつかった場合の惨劇は大きくなる、それを証明したのが2つの世界大戦だったのではないか

 今回のことから政治の側にも問題があることが明確になった。今回の一件での政府の対応は不可解だ。政治の側に自衛官に何も言わせないという統制があったとすればそれは別の意味で問題で今回はその容疑は濃厚であることは間違いない。田母神氏に言論の自由を奪うといわれても仕方ない行為だ。政府の責任は自衛隊がこのような事態を引き起こすような矛盾を抱えさせたまま放置し、彼らの訴えに聞く耳を持たなかったことだ。そして問題の根本を考えず対処療法的に処置したことはさらに問題を大きくたといえる。このような認識ない政府であるなら、将来国に不測の事態が生じたとき現場の論理に引きずられ戦前の政府と同じ過ちを繰り返すことはまちがいないだろう

 先の論文の内容から推測し問題があると予想した手記だが、きわめて常識的な内容だ。であるならあの論文の不備は一体なんだったのか、不備を承知で波風たてることを目的としたのだろうか。田母神氏には国を愛する前に、国民を愛してほしいと願ってやまない。

参考情報

 [1] WiLL 2009年1月号 
 [2] Wikipedia ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム

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